コラム「夫と死別した妻を意味する『寡婦』と対になる妻と死別した夫を意味することばはなんていうのだろう?」(2026.7.27)
(ある日の県議会)
これは、私の県職員在職中の話になります。15年位前になります。
県議会の特別委員会の一つである決算特別委員会(前年度の予算の執行状況等を審査)へ執行部側説明者として出席して執務室に戻ってきた上司から聞いた話になります。表題のとおり、委員会の場でそのような話題になったようなのですが、結局その場の出席者全員がわからずじまいのままでおわってしまったとのことでした。
「寡婦」ということばに関連した質問から想定すると、おそらく母子寡婦福祉資金(現在は母子父子寡婦福祉資金)の貸付に関する説明(かねてより過大な収入未済額が問題になっている事案)の中で話題になったのではないかと思われます。「寡婦」という言葉自体は、夫と死別した女性を指す「未亡人」という言葉と同義語で、いわゆる公的表現(法律用語)であり、比較的耳にする言葉であるといえます。関係する法律は「母子及び寡婦福祉法」になりますが、「父子」に対する支援がないことに均衡を欠いているのではないかとの指摘が各方面からなされていた時期でもあったものと記憶しております(なお、現在は「母子及び父子並びに寡婦福祉法」へ改正され、「父子」も対象になっております)。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、妻と死別した男性を指す「やもめ」と同義語で、「寡婦」と対になる用語はあるのかというはなしに戻ります。
(鰥寡孤独)
「かんかこどく」と読みます。実は一文字目の『鰥』(かん)という言葉がその回答に当たります。四字熟語みたいですが、それぞれの一文字で意味合いを持たせています。
『鰥』(かん):年老いた妻のいない男性
『寡』(か) :年老いた夫のいない女性
『孤』(こ) :親のいない子ども
『独』(どく):年老いて子どものいない者
つまり、「寡婦(かふ)」と対に当たる言葉は、「鰥夫(かんぷ)」が該当することになります。語音がにかよっているので、言葉として聞いても、全くピンとこない感じかもしれませんね。
「鰥」という文字ですが、ほとんどの人が初めて見る文字だと思います。魚(うおへん)が使用されていますが、実は魚と関係があります。魚には瞼がなく、目を開けたまま眠っていることからその様をあらわしているとされています。右側の部分には「目」という文字が使われていますが、この字は「目から涙がこぼれ落ちるさま」を表すといわれています。川底でじっと目を開けたまま眠っている魚とその目からこぼれ落ちる涙の様に、妻を亡くして夜間まんじりともしないまま眠れないでいる夫の孤独な心境を投影するものとされています。
一方、「寡」という文字は、「寡婦」のほか「寡黙」「多寡」「寡聞」など目に触れる機会も多いと思いますが、これも漢字の成立ちを詳しく見ると、家の屋根を表す“うかんむり”の中に、人間の頭を表すおおがい(=頭という字の右側の部分)があり、さらに、その下の「分」という文字の構成により、家の中に頭がぽつんと一つだけ残っているという「独り」でいる様子を投影するものとされています。
「孤独」は2文字で熟語として意味を持ちますが、それぞれの文字の持つ意味合いは「親のいない子ども」と「子どものいない高齢者」を指していることになります。
(生活保護制度との関係)
「鰥寡孤独」という文字は、生活保護制度とも密接に関わっています。
憲法第25条の「生存権」による最低限度の生活を保障する「最後のセーフティネット」として、社会保障制度の根幹を支えている「生活保護制度」ですが、困窮者救済のための公的な制度としては、1874年(明治7年)制定された「恤救規則」(じゅっきゅうきそく)にその淵源を遡ることができるのです。
江戸幕府から明治新政府に移行する1868年(慶応4年)、(日本史でも学んだと思いますが)有名な「五か条の御誓文」とともに太政官から布告された「御一新の御定書」3か条というのがあり、その中の1か条に「鰥寡孤独廃疾のものを憫(あわれむ)べし」との記載があり、鰥寡孤独の者に加えて廃疾(=身体機能の障害等を負う)者に対して同情をかけるべきとの定めがなされました。
この御定書を踏まえ、明治新政府では、「恤救規則」を制定し、その前文において「救済は本来人民相互の情誼によっておこなうべき」(相互扶助の意)ものであるとの前提の下、労働能力を欠きかつ「無告の窮民」(身寄りがなく、生活に困窮して助けを求めることのできない貧困者)に対して国家の救済を図ったものです。
さて、その給付内容ですが、なかなか興味深いものになります。
鰥寡孤独廃疾で身寄りがない生活に困窮している方を対象として、高齢者には年間1石8斗、病気の者には男1日3合、女2合の米換算による現金給付を行うことが基本であったようです。1石(=10斗=100升=1,000合)は、1年間に成人が食べる米の量とされ(つまり1万石の大名は1万人分の米を産出する領地を持つという意味合いになるわけです)、キロ換算では約150㎏(2.5俵分)となります。参考にその給付金額をざっくりと試算してみます。
〇恤救規則による高齢者(1石8斗給付)の現金給付額
・明治30年の1円の価値を現在に換算して25,000円と措定
・米1俵の値段を5円とする
・1石8斗(4.5俵分)は22.5円(5円×4.5)
現在での価値換算 562,500円(25,000円×22.5円)
〇生活保護費(生活扶助費:第Ⅰ類+第Ⅱ類) 地方在住の75歳単身者想定
3級地―1 754,680円(月額62,890円×12月)
3級地―2 730,800円(月額60,900円×12月)
恤救規則は我が国における全国統一の生活困窮者に対する公的救済制度となり、実際の運用は地縁血縁による相互扶助が受けられない労働が困難な高齢者等に厳しく限定されてはいましたが、その通底する理念といったものは現在の生活保護制度にも通じるものがあり、給付額も当時の国力や予算規模からみれば同レベルとまではいえないものの、かなりの水準を確保していたのではないかと考えております。
(「大宝律令」まで遡れる)
生活困窮者の公的救済制度たる生活保護制度の淵源は、さらに奈良時代の「大宝律令」まで遡れます。そこにも「鰥寡孤独」の文字がみてとれます。実は、律令の名称そのものが「鰥寡条」といい、「60歳以上で妻のない者(鰥)、50歳以上で夫のない者(寡)、15歳以下で父のない者(孤)、60歳以上で子のない者(独)、財貨のない者、65歳以上の者等、限定的ではあるが、近親が扶養すべきであるが扶養すべき近親のない場合には、その村里で保護すべき」との記載となっています。相互扶助と自立助長という現在の生活保護制度にも通底する理念は、一貫して引き継がれてきているといえるのではないでしょうか。あらためて驚かされます。
(結び)
「鰥寡孤独」ということばと生活保護制度が密接に関わっていることをお話させていただきました。生活保護制度は、私たちが安心して社会生活を送る上での「最後のセーフティネット」であり、福祉施策の根幹ともいうべき大切な制度ですが、不正受給等の濫給が過大に問題視される一方で、受給に関するハードルの高さから、本来受給すべき人ができてはいないのではないかという漏給の問題もいわれているところです。また、実施主体たる福祉事務所を所管する自治体職員の中には、ケースワーカー(CW)職を忌避する傾向があり、人事異動でCWへ配属されたことを不満に退職してしまった事例や、首長選の結果直後に落選した前職の秘書職がCW職へ異動されたことを懲罰人事と庁内で見做されているといったことなど、私が福祉事務所の監査指導で訪れた訪問先で実際にきいた話になります。
さらに、ピーク時よりも受給者数は若干減っているとはいえ、生活保護費の自治体負担額(25%相当分。75%は国が負担します。ただし制度上は自治体負担分も地方交付税により補填されることになっています)の財政への影響を問題視する向きもあるようです。確かに生活保護費も含めた福祉予算は性質上年々増高する傾向にあることから、自由に使える政策的な経費が制約されてしまうとみる首長さんもいることとは存じます(「福祉は嫌いだ」「興味ない」という心ない言葉を平然と話す為政者もみてきました)。
事故災害病気等、だれもが、いつ鰥寡孤独の状況になるかわかりません。生活困窮者の公的救済制度と密接にかかわる「鰥寡孤独」ということばとともに、千年以上前の奈良時代からその理念が連綿と続き今に至る生活保護制度の重要性を改めて見直すことも必要ではないかと考えるところです。
さて、冒頭の話に戻りますが、議会から戻ってきた当時の課長から尋ねられた私は、たまたま生活保護制度の研修担当としての前歴から保護制度の沿革を承知していたこともあり、「鰥夫(かんぷ)」である旨説明したのですが、語音がにかよっているためか、言葉として聞いてもピンとこない感じで終わってしまったという次第になります。
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